大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 昭和54年(ワ)172号 判決

原告 中川木材株式会社

右代表者代表取締役 中川正司

右訴訟代理人弁護士 田辺信彦

被告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 池田門太

主文

一  被告は原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和五四年三月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、これを二分し、各その一を原告及び被告の負担とする。

三  この判決は、原告において金一〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一、〇〇〇万円及びこれに対する昭和五四年三月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求は棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は訴外アテネ商工株式会社(以下アテネという。アテネはその後商号変更し、現在東洋熱処理工業株式会社と称している)との間で、昭和五一年三月三日、両者間の商品供給取引、金銭消費貸借取引、手形取引、小切手取引から現に生じ、または、将来生ずる一切の債権を被担保債権として、アテネが買受け所有している別紙物件目録記載の土地建物(以下本件土地建物という。当時は、登記簿上訴外小倉勝治名義であった。)につき、極度額一億円の根抵当権設定契約を締結し、同時に、アテネは本件土地建物の所有権移転登記を経由した上、右根抵当権設定登記手続をする旨を約した。

(二) 原告は、右契約当時、アテネに対して、金九、五四一万五、〇三二円の債権を有していた。

2  原告とアテネは、右約定にもとづき、昭和五一年三月四日、司法書士である被告に対して、本件土地建物について、訴外小倉勝治からアテネに所有権移転登記のうえ、同時に、原告はアテネより前記第一項(一)の根抵当権を内容とする根抵当権設定登記を受けるべく、その登記の申請手続を委託し、被告は、これを受諾したので、原告及びアテネは被告に対して預っている訴外小倉勝治名義の委任状、印鑑証明書、権利証及びアテネの委任状、印鑑証明書等右登記申請に必要な書類一切を交付した。

3  被告は、同年同月一一日ころ、交付を受けた訴外小倉勝治名義の委任状、印鑑証明書、権利証等登記申請に必要な書類を、アテネの代表取締役である訴外乙山春夫(以下乙山という)らに交付又は持ち去られたため、本件土地建物について根抵当権設定登記をすることができなくなり、後記のとおりの損害を蒙った。

(一) 被告は司法書士として、上記登記手続をすることを登記権利者及び登記義務者の双方から委任されているものであるから、交付を受けた必要書類は、登記権利者及び義務者の双方のために善良な管理者の注意をもって保管すべき義務を負うところ、登記義務者であるアテネの代表者からその返還を求められても、これを拒むべき義務があるにも拘らず、その返還を求められるや、云われるままに返還したものであり、又は必要もないのに不用意に手渡して持去られたものであるから、その保管、紛失について過失があったものというべく、民法七〇九条の責任がある。

(二) 又、これにより登記権利者への登記手続が不能となれば、登記権利者との委任契約は履行不能となり、被告は債務不履行による責任がある。

4(一)  同年同月二六日、本件土地建物について訴外小倉勝治より乙山へ同人より訴外和光泉設工業株式会社へ、それぞれ所有権移転登記が経由された。

(二) アテネは、同月末ころ、不渡手形を出して倒産したため、原告は、前第一項(二)の債権のうち、八、六九六万四、七七一円については支払いを受けることができなかった。

(三) 本件土地建物は、同月四日ないし一一日当時、アテネの唯一の資産であり、時価は五ないし六、〇〇〇万円はするものであったから、同月四日ころに前記根抵当権の設定登記がなされていれば、右根抵当権は第一順位であるから、原告のアテネに対する金八、六九六万四、七七一円の債権のうち、六、〇〇〇万円近くは右抵当権の実行により優先的に満足を受け得たものであったにも拘らず、これを受けることができず、原告は六、〇〇〇万円の損害を蒙った。

5  よって、原告は被告に対し、不法行為又は債務不履行による損害賠償請求権に基づき、右六、〇〇〇万円の一部請求として一、〇〇〇万円及びこれに対する不法行為については不法行為の後であり、債務不履行については訴状送達の翌日である昭和五四年三月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の事実は認め、同(二)の事実は不知。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実のうち必要書類の交付は否認するが、その余は認める。右書類は、後記のとおり、乙山らに強奪されたものであり、被告は、これを防止することは不可能であったから、不法行為上の責任はない。

4  同3(一)、(二)の事実は否認する。

5  同4(一)の事実は認める。

6  同4(二)の事実は不知。

7  同4(三)の事実中、原告が六、〇〇〇万円の損害を蒙ったことは否認し、その余は不知。

8  同5は争う。

三  抗弁

1  被告の責に帰すべき債務不履行ではない。

(一) 本件登記申請書類は、以下のとおり、強奪されたものである。

昭和五一年三月一一日午後二時過ころ、被告事務所にアテネからと称して三名の男が来所し、その中一名は登記手続を受任した際のアテネの代理人である訴外丙川夏夫であり、他の二人は名刺によるとアテネの代表者乙山と訴外戊田秋夫であった。

乙山は被告に対し、「アテネと原告間には、担保物件は債権極度額に相当するものであればいかなる物件でも可なる旨の念書が相互に取交してある。ついては被告保管中の買主アテネ、売主小倉勝治との所有権移転登記権利書を一時貸してくれ」と申し出たため、被告は本件登記申請書を示し、登記申請をするばかりになっており、今に至ってこれを変更することは不可能である旨説明すると、同人は、本件登記申請書類を強奪し、「こより」をかみきり、同書類中から売買登記申請書、同副本、訴外小倉勝治名義の所有権権利証、同訴外人名義の印鑑証明書、同訴外人とアテネの各委任状及び印紙登録用の小切手を自己の洋服のポケットにねじ込んだため、被告は同人に飛びつき本件書類を取り戻そうとしたが、同人は取戻しを妨害し、訴外戊田秋夫に右書類を手渡し、訴外戊田と訴外丙川を逃走させたものであり、これを防止することは不可能であった。

(二) 被告は、本件必要書類を強奪された直後、原告にその旨を通報して、その対応を求め、更に乙山らを告訴すると共に、右乙山による本件土地建物についての第三者への登記手続を阻止するため、千葉地方法務局船橋支局に右奪取事実を明らかにした上申書を提出した。その後、乙山より同支局宛本件土地建物についての登記手続申請書類が提出されたので、被告は直ちに千葉地方法務局に相談し、法務省に事件の内容を報告したところ、法務省も事態に驚き、検事の命令で登記書類を押収することになり、船橋警察署が登記書類を押収したため、乙山の申請した登記手続の登記簿への登載は一時阻止された。然し、原告主張のとおり、同年同月二六日に至り、本件土地建物について上記登記がなされたのであり、その間、被告は原告に対し、再三、所有権移転禁止の仮処分などの法的手続をとって本件土地建物について乙山から、第三者への登記手続がなされるのを阻止するよう求めたが原告は、何らの対策もとらずに放置し、履行不能を招来したものである。

2  本訴請求は、信義衡平の原則に反する。

(一) 原告は、アテネとの取引を開始するにあたり、アテネ又は乙山らの信用及び資産経歴を調査すべきところ、これを調査せず、商取引をする以前に根抵当権設定などの担保設定行為を受けないまま巨額の取引を行い、悪評のある乙山の話術に陥り、売掛金の回収不能に至ったものであり、これは原告の手ぬかりであり、損害の発生について過失がある。

(二) 被告は、本件書類等を強奪されたため、前項(二)記載のとおり、損害の発生を防止すべき処置をとり、訴外乙山の登記手続を阻止せんとしたが、原告は、これを放置して傍観したものである。

(三) 以上のとおり原告は、自己の尽すべき注意を怠っているものであるから、その責任を被告の全面的責任として損害の賠償を求めることは、責任の転嫁であり、信義衡平の原則に反する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)の事実中、訴外乙山らに一件書類を強奪されたことは否認し、その余は不知。

2  同(二)の事実中、原告が三月一一日から三月二六日までの間、仮処分などの対応処置をとらなかった点は認め、その余は否認する。何らの対応処置もとれなかったのは、被告の報告、資料提出が遅れたからである。

3  抗弁2(一)の事実は否認する。

4  抗弁2(二)の事実は否認する。

5  抗弁2(三)は争う。

第三証拠《省略》

理由

一1  請求原因1(一)の事実(根抵当権設定契約)、同2の事実(登記手続の委託)及び同3の事実のうち、昭和五一年三月一一日被告が原告主張の書類を訴外者らに持ち去られたことについては、当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》を総合すれば、右根抵当権設定当時、原告はアテネに対し、九、五四一万五、〇三二円の債権をもっていたことが認められる。

二  被告は、原告から委託された根抵当権設定登記は、これに要する上記必要書類を訴外者らに強奪されたため、履行できなくなったものであるとし、不法行為の成立を争っているので、この点について検討する。

1  《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  上記登記手続の委託契約の締結は、原告に関しては代理人である訴外紙中忠志、アテネに関しては代理人である訴外丙川夏夫を介して被告との間においてなされたものであるが、所有名義人である訴外小倉勝治に関しては、売主を同人とし買主を白地とする売買契約書、権利証、登記委任状、印鑑証明書等の必要書類の交付を受けていたアテネの丙川夏夫を介して被告との間においてなされたものである。

(二)  その際、被告は、上記各登記手続に要する費用(約一〇〇万円)はアテネが負担する約定であるとして、右丙川夏夫より、その支払のため一〇〇万余円の小切手の交付を受けたが、現金の交付を求めて、右申請手続を留保していたところ、昭和五一年三月一一日午後二時ころ、被告事務所に何の前ぶれもなく、上記丙川夏夫とアテネの代表者乙山及びアテネの経理担当の訴外戊田秋夫の来訪を受けた。

(三)  これに先だち、三月九日ころ、被告に対し、アテネより所有権移転登記の相手方を当初のアテネから乙山に変更してくれという電話があり、被告が原告の承諾が必要であると応答したのに対し、同月一〇日ころ、原告の代理人である訴外紙中より登記名義人の変更は承知するが、手続を早くしてくれとの連絡を受けていたものである。ところで来所した乙山は被告に対して、「担保を変更したいから三月四日に出した書類を見せてくれ」と申し出たため、被告は、被告事務所内の金庫に入れてあった小箱から「こより」で一冊に綴じた申請書及び登記手続に必要な一件書類を出して、机上に置いたところ、右乙山は右書類を手にとり見ていたが、被告に対して「原告とは債権極度額に係るものであれば何でも良いとの念書を交してあるので、小倉勝治の権利書を貸してくれ」と申し出たため、被告はこれを拒否したところ、乙山は同書類の「こより」をかみ切って同書類中から申請書とアテネの資格証明書とを抜きとって被告に投げ帰し、残余の売主小倉勝治名義の権利証、同人名義の印鑑証明書、申請書副本、売主買主連名の代理委任状を自分のポケットにねじ込んだため、被告はこれを取り戻そうとしたが、乙山は、同書類を訴外戊田に手渡して被告の前に立ち塞がり、取戻しを妨害して、右戊田と訴外丙川を逃走させた。

(四)  被告は、乙山をとらえて坐らせ、原告の承諾を得ているか否かを詰問すると、同人は、自ら原告に電話をしたが、担当者が不在であるとして連絡がとれず、暫時連絡を待った後、これ以上待つことはできないとして、自ら権利証等の預り証を作成して被告に交付し、被告事務所を立ち去った。

(五)  当時、被告事務所には女子事務員一人が執務していた。

《証拠判断省略》

2  本来、根抵当権設定契約において、その権利者は、登記を経由しない限り第三者にこれを対抗し得ないものであるから、その登記は、必要欠くべからざるものであり、その申請手続は、専門的知識をもつ司法書士に委託してなされるのが通常であり、司法書士としては、右委託を受けた場合は、善良な管理者の注意をもって委任事務を処理遂行すべき義務があり、その必要書類を預るに際しては、これを毀滅したり、盗取されないように注意すべきであることは当然である。特に、申請書類が完備している場合とか、登記義務者の作成した書類を保管する場合は、これを一旦失えば、権利者が再びその提出を受けるについて困難を伴うことも予測され、又、悪意の登記義務者その他により担保物件を第三者に移転され、登記手続が不可能となるおそれがあるからである。

上記認定の事実によれば、被告は、所有権移転登記の相手方及び根抵当権設定義務者を、当初委託されたアテネより、乙山に変更する旨の連絡は受けていたが、乙山が申出た担保物件の変更については、被告は当事者のいずれからも連絡を受けておらず、権利者である原告も同行していないものであり、もともと、アテネの代表者である乙山は、所有権移転の権利者及び根抵当権設定義務者(連帯保証債務者でもある)として、自ら承諾してこれに必要な上記書類等を代理人丙川夏夫をして、被告に提出させたものであるから、右乙山が担保物件の変更を理由に登記書類を見せてくれという申出自体、警戒して対処すべき事柄であり、司法書士としては、一旦委託を受けた登記手続に必要な書類は、上記担保変更の真偽の確認をしないまま、軽々にこれを登記義務者の手中下に置くような行為は慎しむべきことであるところ、被告は乙山の申出に応じてこれを乙山が自由に閲覧し得る状況に置き、これを盗取されたものであるから、盗取されるについて過失があったものといわねばならない。

又、乙山が右書類を同行者に渡して逃走させた後、同人は被告事務所にとどまって、原告との連絡を行っているのであるから、その間、警察に連絡する等の適切な処置をしていたならば、同書類により第三者への所有権移転登記は防止された可能性もあり、これらの措置に出なかった点においても過失があったということができる。

従って、被告の過失により、上記登記申請に要する書類を紛失し、原告に対し、対抗力ある登記を経由することができなくなったことについては、その担保権の侵害として不法行為上の責任を負わなければならない。

3  もっとも、乙山の右盗取行為は、上記のとおり、本件土地建物が同年同月二六日付をもって、右乙山を経由した上、第三者に移転登記がなされていること(《証拠省略》によれば、第三者への移転登記は昭和五一年三月一〇日代物弁済を原因)からすれば、同登記を経由するための行為と推測され、故意をもって行ったことは明白であり、右乙山は原告に対して不法行為責任を負うことはいうまでもないが、被告も右担保権侵害の一因を与えたものとして、右乙山と共同不法行為者として、連帯してその責任を負担すべきものとなる。

三  損害

1  上記のとおり、原告はアテネに対し、本件根抵当権設定契約当時(極度額一億円)、九五四一万五、〇三二円の債権をもっており、《証拠省略》を総合すれば、右債権は、アテネが訴外会社の債務を引受けた三五四七万八、七一一円と、アテネと原告との木材取引代金の合計であり、乙山は右債務の連帯保証人であったこと、アテネは、昭和五一年四月五日ころ、不渡手形を出し倒産したが、その後、原告はアテネとの取引代金の一部弁済を受け、原告のアテネに対する債権額は八六〇〇余万円となったこと、本件土地建物は、契約当時アテネないし乙山の唯一の資産であり、時価六〇〇〇万円を下らないものであったことが認められる。

2  《証拠省略》によれば、本件土地建物については原告が本件根抵当権設定契約を受けるに先だち、昭和四八年八月一〇日、千葉地方法務局船橋支局受付第四参六八五号をもって、訴外株式会社第一勧業銀行に対する極度額二二〇〇万円とする根抵当権設定契約の登記が経由されており、同根抵当権によって担保されている実際の債務額についてはこれを明らかにする証拠はないので、右登記記載の極度額による債務が存在するものと推測するのほかはない。

3  以上であるから、原告は、本件土地建物に対する対抗力ある根抵当権の設定を受けられなくなり、結局上記債権を回収することができなくなった原告の損害としては、六〇〇〇万円から二二〇〇万円を控除した三八〇〇万円と解される。

四  原告は、右損害のうち一〇〇〇万円を本訴において請求するが、被告は、同請求は信義衡平の原則に反する旨を主張するのでこの点について検討する。

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

1  被告は登記に必要な上記書類等を乙山らに盗取された後、直ちに原告に連絡し、同日夕方、船橋警察署に出頭して右盗取による被害を申告したこと、原告の代理人である紙中忠志は、翌々一三日被告方を訪れて盗取された事情の詳細の説明を受け、又同月一七日被告と共に上記警察を訪れたが、警察は、民事々件との関連事件として消極的な態度を示していたこと、翌一八日、被告は乙山らを威力業務妨害として、同警察署に告訴したこと、被告は、上記盗取事件発生直後、上記書類を悪用して本件土地建物を第三者へ登記されることを阻止するため、債権者である原告に対し、処分禁止等の仮処分の処置に出ることを求め、更に、紙中が訪れた際も、権利者としての原告に対し民事上の対応策を至急行うことを要請したこと。

2  被告は、本件土地建物が第三者に移転登記されることを阻止するため、盗取された日の夕方、千葉法務局船橋支局を訪れ、同物件の盗取された事情をのべて、本件土地建物についての登記申請があった際は、同申請を留保して貰いたい旨を上申しておいたところ、その後、同物件について登記申請があったとの連絡があり、被告は、更に、同法務局に対して善処方を要望し、同法務局は法務省と相談し、その結果、同登記申請書類は船橋警察署において押収され、被告は原告にこれを伝えてあったものであるが、その間原告は仮処分等を行うことなく経過し、又刑事々件としての結論の出ないうち、乙山は同書類の仮還付を受けて、同年同月二六日、同土地建物につき、右乙山を経由して第三者に移転登記を完了したものであること。

3  さらに、原告は、本件奪取事件発生後、被告から原告においても乙山らを詐欺で告訴するよう勧められたのであるから、これらの告訴をもおこない、押収による書類の仮還付を阻止して自己の損害の拡大防止のため務めるべきであるにもかかわらずそれを怠った。

4  以上のとおり、被告は盗取事件発生後、同書類を使用して第三者への登記がなされ、原告への根抵当権設定登記が害されることを防止するため、原告、警察、法務局へ働きかけて、その損害の防止に極力つとめたものというべく、一方原告は、斯様な緊急な状況下において、登記を経由していない根抵当債権者として、第三者への移転登記を防止するための法技術的な手段に出ることが可能にもかかわらず、又、その時間的余裕もあったと解されるにもかかわらず、これを怠り、又刑事上の措置にも出ないまま、この間、被告に対して書類の取戻しを要望してその責任を追求するに止り、事件の解決を期待して漫然と時日を経過し、その結果、第三者への移転登記を経由されるに至ったものであり、事件発生後、原告にも自己の権利を擁護するについて怠慢の点があったといわざるを得ない。

5  更に、遡って、原告とアテネとの取引関係について考察すると、《証拠省略》によれば、アテネは、昭和五〇年一二月三〇日、上記認定のとおり、訴外会社の原告に対する債務を引受け、翌年一月、原告との取引を開始したものであり、原告は、後に担保権の設定を受けるとの約定のもとに、同年同月二七日、約六〇〇〇万円に及ぶ木材をアテネに売渡して取引を行い、その取引代金の一部は、同年四月末日を決済日としていたものであり、同年三月に至り、漸く、アテネより本件土地建物について根抵当権の設定を受けることとなったものであるが、上記認定のとおり、その後の乙山の行動及びアテネの倒産等一連の経緯から推測すると、乙山は斯る結果を予測して行動した疑も否定できず、原告としてもその取引を開始するについては、アテネ及び代表者の乙山について、経済活動の実体、その資力、信用度、社会的評価等、十分な調査を行い、又担保権の設定を受けるについても、明確な根抵当権設定契約書を予め作成する等慎重に対処して取引を行うべきであり、その後の相手方の行動についても、機敏に対応して損害を防止すべきであるところ、原告はこれの怠り、結局、担保権の侵害を受けて損害を蒙ったものであるから、原告は、通常の経済活動を行うについて用うべき注意を欠いたということができる。

6  以上であるから、本件損害の発生について、原告においても責められるべき点があり、被告の上記過失の態様、程度を考慮すれば、原告がその損害を被告の責任であるとして填補を求めることは、一定額を除き、信義衡平の原則に反すると解するのを相当とする。

7  そこで被告の負担すべき損害賠償額は、原告の上記損害額、被告の過失内容その他本件の一切の事実を斟酌すれば、原告の損害三八〇〇万円のうち五〇〇万円をもって相当とする。(債務不履行としても同様である)

五  よって、原告の本訴請求のうち五〇〇万円の支払を求める限度において正当として認容し、その余は失当であるので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大内淑子)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例